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毎日の大切な時間 
もうすぐ、このブログを始めて丸5年になろうとしてる。
ブログを書き始めた時、
まさかこのような事について言葉を綴ることになるとは思わなかった。
現在の日本は未曾有の震災によって、たくさんの危機に直面しだしている。

直接、被害の中心に立たされた人達。
その被害を食い止めようと、被害の渦に飲み込まれてゆく人達。
また、直接的な被害がない人達にも、
放射能の広がりとともに、その渦が広がりだしている。

直面している危機は、人によってそれぞれ違えども、
被爆国である日本国民にとって、「放射能」という響きは、
何よりも不安になる言葉ではないだろうか。

日々、繰り返される見識者と分類される方々のお話。
一般人と分類される私には、とうてい全てを理解できるわけもない。
その見解を信用することも、信用しないこともできないのだ。
基準値とはなにか?
倍になっても、「ただちに健康被害はでない」と説明される。
ならば、初めから基準値を2倍にしておけばよいのではないか?と普通に思ってしまう。
そして必ず思うことは一つ、
「原子力発電なんて、誰も望んでいなかったのでは?」ということだけだ。

誰が考えても「やばいもの」ということくらいはわかる。
それが、自称頭の良い人達の手にかかると、「万が一の無い安全なもの」
に変身してしまう。
そして、この人種は己の想定が正しいと信じ込み、必ず事故を起こす。

そう、必ず。

人は過去の過ちから学ぶ。
それはとても大切で、否定すべきことではないが、一つの間違いがある。
事故を分析し、事故の原因を探る。
そして、傾向を出し、
「過去はこうだったから、これだけプラスアルファを加えて考えておけば万全だ」
という結論を導き出す。
なぜ?
過去がこうだったから、未来もそれに近いことしか起きないと考えるのだろう。
私は無意味だと思っている。
明日、起きることなど、どの人間も「想定できないからだ」

時間が動き続ける限り、事故は必ず起きる。
それを予測し、無くすことなど、この段階の人間ごときで、できるはずはない。
その事故の繰り返しが「歴史そのもの」なのだから。

だからこそ、原子力発電など、手を出すべきものではないと思っている。
事故は必ず起きるものだから。
その瞬間に、地球そのものを壊してしまう。
「誰が責任を取れる?」などという次元の問題ではない。
この地球は、私のものでもあるんだ。
小さな感覚で言えば、マッチュのものでもあるんだ。梅のものでもあるんだ。


未来へ、これから。
事故は起きる。これからも色々な事故は起き続ける。

問題は、その時、どう行動するかだ。
失敗した時、それをどうカバーしてゆくか。
人間にはその程度のことしかできないのだから。

できることなら、

・・・・・。


【追記】
我が家では、色々と考えた末、被災地のワンコ達への募金なるものに、
微力ながら寄付してきました。
今は様々な方面にお金が必要な気がします。
次回は無理をしてでも、いつものアホキャラに戻します。
だって、毎日は続くわけだから。


テーマ:ひとりごと - ジャンル:日記

【2011/03/29 Tue 00:43 】
ヒゲの呟き♪
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